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===小澤征爾さんに関係するサイト===

skf.WAKU.jpg サイトウ・キネン・フェスティバル松本

1992年9月から長野県松本市で開催されている音楽祭。小澤征爾総監督の下、サイトウ・キネン・オーケストラが母体となり、オーケストラ・コンサートとオペラの2本の柱で企画されています。サイトウ・キネン・オーケストラは、1984年、恩師齋藤秀雄先生没後10年に小澤征爾氏と秋山和慶が呼びかけ、世界中で活躍していた門下生が集まってできた世界に類をみないオーケストラです。西欧ツアーの度に確かな手ごたえを感じ、やがて「日本から西欧に向かって西洋音楽を発信する」音楽祭を開こうという夢へと発展。それを実現したのが、このフェスティバル松本です。今や、世界が注目する音楽祭となっています。


snp.WAKU.jpg 新日本フィルハーモニー交響楽団

1972年、小澤征爾のもと、日本で初めての楽員による自主運営のオーケストラとして創立。意欲的な企画と充実した演奏内容で多くのファンを集めています。「すみだトリフォニー・ホール」が本拠地。1985年に欧州公演、1998年にロシア公演、2002年には中国・北京公演を小澤征爾指揮のもと行い、成功を収めました。小澤征爾氏のほか、さまざまな指揮者と演奏していますが、2003年9月から新しい音楽監督としてクリスティアン・ミンクルが就任。若手指揮者の異例の抜擢として注目を集めています。2004年夏からは音楽家、久石譲氏と新プロジェクト“新日本フィル・ワールド・ドリーム・オーケストラ”を立ち上げ、話題をよんでいます。


mito.WAKU.jpg 水戸室内管弦楽団

1990年、水戸芸術館の開館と同時に館長・吉田秀和氏の提唱により誕生した同館の専属楽団。音楽顧問、指揮者は小澤征爾氏。メンバーは、世界各地でソリストとして、またオーケストラの首席奏者として活躍する29名の演奏家(うち4名が外国人)で、演奏会の度に、世界各地から水戸芸術館に集まっています。水戸芸術館コンサ−トホ−ルATMで、年4回の定期演奏会を行い、ほかに日本の内外でも演奏活動を行います。そのレベルの高さは、指揮者を置かず、メンバーのみのアンサンブルによる演奏会も行うことからも伺えます。


ongakujuku.WAKU.jpg 小澤征爾音楽塾

小澤征爾氏が、オペラを通じて若手音楽家を育成するために、2000年に立ち上げた音楽塾です。恩師であるヘルベルト・フォン・カラヤンの言葉、「交響曲とオペラは、音楽という車の両輪」を持論とし、実践するためにも、年に一度開催。仕上げとしてのコンサートも毎回行っています。


tohogakuen.WAKU.jpg 桐朋学園大学音楽学部

有名な英語学者・斎藤秀三郎の次男でドイツでチェロを学び、NHK交響楽団で指揮もしていた斎藤秀雄が、終戦後の1948年、井口基成、伊藤武雄、吉田秀和らと「子供のための音楽教室」を東京(市谷)に開設。これが基となって1952年、青少年に音楽を教育する桐朋学園の音楽系学科が開設される。(1955年短期大学音楽科開設、19961年大学音楽学部開設。)齋藤は弦楽部門を担当する。特にピアノ、弦楽器、指揮が有名。小澤征爾、堀米ゆず子をはじめ、世界で活躍する多くの音楽家を輩出している。所在地は、東京都調布市(富山にもキャンパスがある)。


toronto.s.o.WAKU.jpg トロント交響楽団(英語)

カナダの主要なオーケストラのひとつで、1922年に創設された。例年20万人の集客を誇る。歴代の主席指揮者には、ワルター・ジュスキント、カレル・アンチェル、アンドルー・デイヴィスなどがおり、小澤征爾も1965年から1969年まで就任している。


sf.s.WAKU.jpg サンフランシスコ交響楽団(英語)

アメリカ・カリフォルニア州の街、サンフランシスコを拠点とするオーケストラ。1906年のサンフランシスコ大地震の後、日頃から音楽が欠かせない市民の緊急課題としてオーケストラの結成が急がれ、1911年はじめての演奏会が開かれた。録音の歴史も長く、また数多くのグラミー賞(ベスト・クラシックアルバム、ベスト・オーケストラ・パフォーマンス、ベスト・オーケストラ・レコーディング部門など)に輝く。2001年には、自主レーベルSFS Mediaが設立された。また1980年には、ユース・オーケストラ(サンフランシスコ青年交響楽団)が創設され、1985年にウィーンで「ウィーン市民賞」を受賞。そのレベルの高さは世界的に認められ、活躍している。歴代音楽監督には、ヘンリー・ハドリー、ピエール・モントゥー、ヘルベルト・ブロムシュテットなどがおり、小澤征爾も1970年から1977年まで就任している。


nyp.WAKU.jpg ニューヨーク・フィルハーモニック

アメリカ・ニューヨークを本拠とする、アメリカビッグ5と言われるオーケストラのひとつ。ウィーン・フィルと同じく1842年に創設された、アメリカで最も伝統あるオーケストラである。管楽器が特に有名で、高いレベルと柔軟性で幅広いレパートリーを持つ。その長い歴史の中で、音楽監督あるいは音楽顧問としてグスタフ・マーラー、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、アルトゥーロ・トスカニーニ、ウィレム・メンゲルベルクなどが指揮者を努めたが、ブルーノ・ワルターの代役として伝説的なデビューを飾った当時の副指揮者、レナード・バーンスタインが音楽監督に就任してから黄金時代を迎える。その華麗な指揮とわかりやすい音楽解釈、さらに彼のスター性により、オーケストラの評判は、一気に世界中で高まった。小澤征爾は、バーンスタインの下で1961年から2年ほど副指揮者を努め、その親交は彼が死ぬまで続いた。以前はカーネギーホールを本拠地としたが、1961年からはリンカーン・センター内のエイヴリー・フィッシャー・ホールに移転した。


operanomori.WAKU.jpg 東京のオペラの森

上野に音楽学校(現東京芸大)ができてから110年以上。今や、たくさんの日本人音楽家が世界で活躍するようになった。そこで、西洋音楽を受け入れるだけでなく、新しく東京から世界に「発信」していこうと、小澤征爾指揮者を音楽監督とし2005年から始まった音楽祭。毎年、ひとりの作曲家をテーマとして、オペラ公演、オーケストラ演奏会、室内楽演奏会を行ない、その作曲家の世界を描き出すという試みを行っている。


vph.WAKU.jpg ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(日本語版サイト)

1842年、オットー・ニコライにより創立された音楽の都、ウィーンを本拠地とするオーケストラ。ワーグナー、ブルックナー、マーラー、R・シュトラウスなど音楽史に残る偉大な作曲家や指揮者により、世界中の聴衆を魅了してきた。楽団員になるには、まずウィーン国立歌劇場管弦楽団で少なくとも3年間、演奏をして認められなければならない。ほとんどのメンバーは、同時にウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーでもある。また、自主管理と民主制を採用している数少ないオーケストラで、楽団員に全ての決定権がある。毎年新年に行われる「ニューイヤーコンサート」は大変有名で全世界に放送されている。2002年より2010年まで、小澤征爾氏がウィーン国立歌劇場管弦楽団の音楽監督に任命された。2002年には、アジア人として初めて「ニューイヤーコンサート」の指揮をしている。


v-kokuritu.WAKU.jpg ウィーン国立歌劇場(日本語版サイト)

1868年にウィーンに建てられた歌劇場。ウィーンはヨーロッパの音楽の中心地であり、音楽史に残る多くの有名な指揮者、作曲家、演奏家がこの歌劇場で上演してきた。ここの専属オーケストラ、ウィーン国立歌劇場管弦楽団の楽員は、そのほとんどがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーでもあり、世界有数のレベルの高さがある。この歌劇場では、オペラやバレエを上演するほか、上流階級によるオペラ座舞踏会の会場にもなっている。音楽監督として、2002年からアジア人として始めて小澤征爾氏が就任。2010年までの任期を務める予定。


boston.p.WAKU.jpg ボストン交響楽団(英語)

アメリカ合衆国マサチューセッツ州のボストンを本拠地として活動している世界の名門オーケストラの一つ。1881年、ヘンリー・リー・ヒギンスンが創設。歴代多くの有名指揮者を迎えてきたが、1893年クーセヴィツキー氏が主席指揮者となってから世界的な知名度が築かれてきた。1973年、小澤征爾氏が主席指揮者に就任。2002年まで約30年間、務めてきたが、その間も飛躍的に世界的評価が高まった。弦楽器の素晴らしさは、特に有名である。1885年に併設された軽音楽を専門とするボストン・ポップス・オーケストラも世界的に知られている。毎年夏は避暑地タングルウッドで、タングルウッド音楽祭の母体オーケストラとなっている。


saitohideo-syou.WAKU.jpg 「齋藤秀雄メモリアル基金賞」

2000年3月17日に齋藤秀雄氏未亡人・齋藤秀子氏が90歳で逝去され、その遺言に基づいて、親交の深かった財団法人ソニー音楽芸術振興会理事長大賀典雄氏が、小澤征爾氏、堤剛氏と協議して、2002年から創設した賞。毎年、その年に活躍した若手チェリスト、指揮者1名ずつに贈られる。選考委員会は、委員長:大賀典雄、委員:小澤征爾、堤 剛。

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