小澤征爾とウィーン・フィル


小澤征爾がウィーン・フィルを初めて指揮したのは、1966年。ozawa-photo2.jpgザルツブルグ音楽祭でのことであり、'69/70年のシーズンにはやはりザルツブルグ音楽祭で「コシ・ファン・トゥッテ」を上演。'70年のウィーン音楽祭でも共演している。そして、'84年のウィーン音楽祭オープニングでのウィーン・フィルとの「春の祭典」は、小澤征爾の素晴らしさを見せつけた。また、'88年の「エウゲニー・オネーギン」がウィーンで上演したはじめてのオペラだが、これも大成功を収め、オペラ指揮者としても高い名声を得た。

ウィーン・フィルの定期演奏会で初めて指揮をしたのは1990年。毎年10回だけの定期演奏会の指揮者に、他の超一流の指揮者、アバド、プレヴィン、ドホナーニ、メータ、レヴァイン、ムーティなどと並んで選ばれた。プログラムは、ベートーヴェンの交響曲第4番とバルトークの「管弦楽のための協奏曲」。コンサートは大喝采のうちに終わり、「セイジは音の魔術師」などと翌日の新聞に書かれた。その後すぐに翌年の指揮者の契約もして、1991年はモーツァルトの交響曲第39番とドヴォルザークの「新世界」を演奏。「新世界」はライブで収録され、小澤征爾とウィーンフィルの初めてのレコーディングとなった。

この後、何度か小澤征爾はウィーン・フィルを指揮、またオペラでの指揮もしている。1993年には、ウィーン・フィルの日本、韓国、台湾演奏旅行に同行。日本で始めてウィーン・フィルを指揮し、マーラーの交響曲第4番、「新世界」、ブラームスの交響曲第4番などを演奏した。

そして1999年に、2002/03年のシーズンからウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任することが発表された。就任直前の2002年お正月、初めてニューイヤー・コンサートの指揮をし、そのライブCDは全世界で空前の売り上げとなった。2004年には、ウィーン・フィルのワールド・ツアーで日本でも演奏を行ない、また同年ウィーン国立歌劇場との日本公演も行っている。

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