3.2001年にやっと行けた!
サイトウ・キネン・オーケストラ

1987年にテレビで初めて見たサイトウ・キネン・オーケストラ。ozawa-photo1.jpgその後、1992年からサイトウ・キネン・フェスティバルで演奏するようになっていたけれど、チケットがなかなか手に入らなかったり忙しかったりで、ずっとテレビで見るだけだった。ところが、お正月ということで比較的取りやすかったのか、2000年に続く2度目の冬の特別公演のチケットをついにゲット!お屠蘇気分のまだ残る2001年1月4日、東京文化会館でのコンサートに行くことができたのです!

演奏曲は、マーラーの交響曲第9番。「遺書みたいな曲だから、(20世紀への)さよならにはちょうどいいと思って」選んだと、インタビューで小澤さんは答えている。2000年の交響曲第2番に続くマーラー・シリーズだ。

マーラーと聞いて、まず思い出すのはバーンスタイン。それまでの解釈とは違って、テンポをかなりスローにすることでマーラーの真髄を表現したと言われていた。そんなマーラーを聞きなれていたので、このサイトウ・キネン・オーケストラの演奏するマーラーには、驚いた。

全体的にテンポが少し速めで、けれどもその中に、悲しみを含んだ透きとおった音楽がある。スコアは、ボストン交響楽団で指揮をしていたときと同じものを使ったそうだが、そのときの書き込みとは同意できないところ、歳を取り違う視点や解釈で見るようになってきたところがあったらしい。私にはこのマーラーは、怖いけれど希望のある死、次につながっていく死を表現しているように思えた。また、人は死ぬ瞬間に一生が走馬灯のように目の前に蘇るといわれるが、第3楽章までのテンポの速さは、そんなことも思い出させた。とても新鮮だった。

そして第4楽章では、サイトウ・キネン・オーケストラの素晴らしい弦のうねりを肌で感じた。音が、ぐんぐん心の中に入ってくる感じだ。これが、小澤さんのいうインヴォルブメントなんだ!と大感激だった。また、最初から最後まで、本当にオーケストラと指揮者が一体となった演奏をするのにも感激だった。オーケストラのすみずみにまで、小澤さんの意図が通じているかのような演奏だった。

この日本公演の後、サイトウ・キネン初のアメリカ・ツアーをするということだった。アメリカでは、もしかしたら、このマーラーはわかってもらえないのではないか。そう思っていたら、案の定。サンフランシスコ・クロニクル紙では、「第4楽章を終えて20秒ぐらいの幸福な沈黙の後、拍手喝采が起きたが、第1〜3楽章だけで終わっていたら、そうはならなかっただろう」と評された。バーンスタインのいたニューヨークのニューヨークタイムズ紙はもっとひどく、「何であんなに落ち着かず、急ぐのだろうか。マーラーは、とろとろと煮込むような演奏でなければいけないのに。」と書いていた。

サイトウ・キネン・オーケストラは、特に弦が素晴らしく、情感豊かな演奏をするオーケストラだと思うが、その弦楽器のチカラが駆動力となって小澤さんにああいうマーラーを創らせたのではないか、とシロウトの私は思う。そしてもしかしたら、四季に恵まれ、死を自然のことと受け入れる土壌のある東洋ならではのマーラーなのではないか、とも。バーンスタインの大パノラマのようなマーラーも好きだけど、こんなマーラーも私にはとても魅力があった。ブラボー、小澤さん!ブラボー、サイトウキネン!

私が見たコンサート記事一覧

ページのトップへ ▲